著者:清水健一郎
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今回は、前回に引き続き、

リッツ・カールトン「型」から入る仕事術
高野 登(著)

から、「反復と忍耐」「型の先にあるもの」「型がある人と型がない人」の3つと伝統について焦点を当てて考えてみたいと思います。

と、本題に入る前に、まずタイトルにもなっているこの「型」ですが、高野氏の言う「型」とは、

「昔から存在した伝統の中に「型」の真髄がある。」

と、言う考え方と、

「「型」を作り上げた際に伝統が始まる」

と言う考え方があるように思います。

そして、この著書を読み進めていくと、「型」は「基本」と言う言葉にいいかえる事ができるように思いました。

つまり、高野氏が言いたいのは、「基本」であり「基礎」。
当たり前のことが一番難しい、と言われたりしますが、このようなことを「型」と表現しているのではないでしょうか。

高野氏が伝えたいメッセージとは?

著書の中で高野氏の力が入ったメッセージ性の強い部分は、特にこの3つ、

「反復と忍耐」
「型の先にあるもの」
「型がある人と型がない人」

だったように私個人は考えています。

この3つはいわば、この本の「軸」。

だからこそ、この3つを説明し、読者に理解してもらわなければ、その他を理解しづらい部分でもあります。

それでは、一つずつ見ていきましょう。

反復と忍耐

「型」を身につけるには、「反復と忍耐」が必要だと高野氏は言います。
私も全く同じ考えです。

「型」=「基本」は、何度も何度も数をこなす事により、自分のものにしていけるのです。
そして、「自分のものにする」とは、無意識下においてもしっかりと行動することのできる状態だと私は思います。

これは、基本習得の非常に自然なプロセスであり、非常に大切なものですね。

型の先にあるもの

ここでは、私も大好きな言葉「守・破・離」が紹介されています。

「守」は弟子が師匠の教えを忠実に守る事。
「破」は、「守」を守りながら自分の個性やアイデアを加えて洗練させていく段階。
「離」は、「守」「破」から離れて、独自の境地に行く段階です。

全てにおいて、何が何でも「守・破・離」が大切、とまではわかりませんが、やはり大切なことだと思います。

「守」は弟子が師匠の教えを忠実に守る事

私が二十歳の時、リッツの先輩、今福さんから「仕事を覚える。できるスタッフになる為のコツ」を教えていただきました。

それは、「この人!」と思った上司、先輩をとことん真似をする事です。

話し方、歩き方、しぐさ、動作、癖、考え方、全て真似をする事を教えられました。

実践してみると、先ず師匠と崇める事で、真似をしている先輩も上機嫌になり、色々な事を進んで教えてくださるようになりました。
不思議と先輩の全てを真似しだすと、考えている事や思っていることまでわかるようになるのです。

例えば、こんなやり取り。

「あああ~ええっと、清水、あれあれ。あれ欲しい。」
「はい、コレですね。」
「そうそう、コレ」

と言うやり取りが自然にできていました。
先輩、後輩のやり取りによくある風景だと思います。

後で知ったのですが、心理学的に言うと「ミラーリング」と言うそうです。

つまり「守」とは、師匠の心までも真似してしまう事であり、師匠の心を受け継ぐ事なのです。

「破」は、「守」を守りながら自分の個性やアイデアを加えて洗練させていく段階

例えば、こんなやり取りを想像してください。

「先輩、この前教えていただいたコレ、もっとこうした方が良くないですか?」
「そうだね。そうしよう。」

端的に言うと、これが「破」ですね。

これまで守で学んできたことに、自分の個性やアイデアを加えていく。
もちろん、うまくいくこともそうでないこともあるかもしれませんが、いつまでも守では意味がありません。

「離」は、「守」「破」から離れて、独自の境地に行く段階

最後に「離」。

「離」は、「守」「破」から離れて、独自の境地に行く段階です。

例えば、独立開業などが良い例だと思います。
「守」「破」、師匠、上司、先輩、いずれからも離れたところにありますね。

型がある人と型がない人

清水的に言うと、「基本」のある人とない人、と置き換えることができます。

仲の良い料理人と話をしていると、よく出てくる言葉は、「伝統」、「基本」です。
伝統料理とは、基本料理だと私達は思っています。

長い歴史の中で消えずに残り、多くの料理人が何度も作り続けてきたからこそ、磨き上げられた要素の集大成であると同時に、基本でもあります。

フランス料理でも日本料理でも、伝統、歴史のあるものは全て伝統、歴史の中にこそ、真の基本であり「型」がある。

そんな、「基本」「型」を身につけるには、「反復と忍耐」が必要です。

修業中の料理人が、仕事に対して忍耐を持って反復している姿は想像に難しくないと思います。
例えば、芋の皮むきばかりしている。玉葱ばかり刻んでいる。そんな仕事も将来、一流の料理人になる夢、ビジョンがあれば、忍耐力もつきます。

どの仕事も数をこなさなければ体が覚える事はなく、無意識でもできるようにはなりません。
無意識でもできるようになれば、その仕事の「型」「基本」を自分のものにしたと言えます。

スポーツ、音楽、料理、ほとんどの仕事に「型」であり「基本」があります。

「型」であり「基本」がない人は、応用がききません。

足し算、引き算ができない人は、筆算ができないのと同じです。
キャッチボールができない人が、野球の試合ができないのと同じです。
包丁の持ち方を知らない人に、魚を捌くことはできないのと同じです。

そして、著書にあるようにプロもスランプになり、そのスランプから脱するには、基本に戻る必要があるのです。

そうすると、何がいけなかったのかが見えてきますが、「型」「基本」がない人は、それが見えてこないのです。

上記の例で言うと、筆算ができないのは、引き算ができていなかったからだと気づくのです。
「型」「基本」がない人は、理にかなった分析ができないので、何が分からないかが、分からない状態におちいります。

まとめ

この様に、「型」「基本」の大切さを理解していただけたでしょうか?

この著書を読み進めることにより、リッツ・カールトンの「型」をより理解していただけるのではないか、と思います。

今回は、この著書を理解するための「型」であり「基本」に触れてみました。

ぜひ、あなたの「型」、考えてみてくださいね。

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