会社とスタッフの絆を強める。リッツ・カールトン「2000ドルの決裁権」
最近では少し有名になりましたが、リッツ・カールトンでは、社員一人にエンパワーメント、つまり、「一日2000ドルの決裁権」が与えられています。
1日20ドルでも200ドルでもなく、2000ドルです。
単純に1ドル100円として20万円。
普通に考えると「ありえない」ですよね。こんな高額。
しかし、リッツではこの仕組みが使われているのです。
でもなぜこんな仕組みがあるのでしょうか?
それは、リッツが目指す「感動のサービス」のためであると同時に、会社とそこに働くスタッフとの信頼関係を強固にするものでもあるのです。
そこで今回は、このエンパワーメントについてお伝えしたいと思います。
会社が信頼するから社員も信頼する
少しイメージしてみてください。
あなたはリッツのスタッフです。そして、一日に20万円を使う権利を渡されます。
いや、イメージしやすいように、20万円を直接受け取りましょう。
この20万円は、最高のサービスを提供するためになら使ってもいいお金です。
さて、どんな気持ちになるでしょうか?
おそらく、心が引き締まる、一日気合が入る、どうやってお客様に喜んでいただくかワクワクする、など、色々あると思います。
このエンパワーメントというのは、ようするに、会社は社員に絶対的な信頼を寄せていると言うメッセージでもあるのです。
先ずは会社が先に社員を信頼する。最高のサービスを提供する人間、という信頼です。
そうすることで、社員もまた、会社を裏切ったりしなくなる。リスペクトされていると実感できるわけですね。
実際、私がリッツ在籍中にリッツのスタッフ達は、エンパワーメントを乱用したことなどありませんでした。
エンパワーメントの2つのエピソード
二つ、エピソードを紹介しましょう。
まず一つ目は、高野氏の著書「絆が生まれる瞬間」にも出てくる、フレンチレストラン「ラ・ベ」でのお話です。私もスタッフだった時の話です。
リッツ大阪開業後、フレンチレストラン「ラ・ベ」で、今にもぐずりだしそうな、子供がいました。
その子をなだめるために、「ラ・べ」のスタッフがショップに走り、リッツライオンのぬいぐるみを持ってきて「これあげるから、遊んでてね。」と言って渡したのです。20万円のうちのいくらかを使って。
その結果、その子は機嫌を直してくれました。
そして、高級レストランである「ラ・ベ」の雰囲気を壊さず、その家族、他のお客様、レストランのスタッフを安心の笑顔に導きました。
これは開業半年後経って、ようやく「決裁権」が使われた出来事でした。
次の日、全部署でインフォメーションされた事を今でも覚えています。
エンパワーメントを使ったスタッフはというと、翌日、部長会に呼び出され、こっぴどく「勝手なことするな。」と叱られると思っていたそうですが、30分ほど総支配人に頭をなで回され褒められたのです。
その姿を見て、各部署の部長たちは、本当の意味でエンパワーメント、そして、リッツ・カールトンと言う会社を理解したそうです。
もう一つのエピソードは、表向きにされた事はなく、私達リッツスタッフの中で伝説になったエピソードで、おそらくこのコラムでしか読む事はできないエピソードです。
私には、松岡修造氏にも負けず劣らずの熱い上司、料飲部の冨田部長という上司がいました。(在籍中には、よく、目を真っ赤にされて怒鳴られたものです。)
その日はリッツ大阪での披露宴で、司会者が「ケーキ入刀」と言う台詞を「ケーキ入場」と言ってしまい会場は笑いに包まれたのですが、両家の親族からの苦情をホテルがいただきました。
司会者というのは、どのホテルでもホテルの従業員ではなく、ホテルが司会者派遣の会社に委託するので、その司会者の失敗は、リッツの失敗ではなく、司会者の派遣会社の失敗です。
しかし、当時のクレドには、「頂いた苦情は自分のものとします。」とあります。
その為、披露宴をあげられたご夫婦には、無料でフレンチレストラン「ラ・ベ」でのディナーをご招待しました。
そして、ソムリエは、夫婦にワインリストを渡し、「お好きなワインを一本お選びください。」とお伝えしました。
レストランでのディナーの時。
そのご夫婦がお選びになったワインとは、なんと、世界で一番高額なロマネ・コンティだったのです。
当時のリッツの売値で、50万円近くはしていました。
これは、エンパワーメントの額2000ドルをはるかに超えてしまっています。
しかし、「お好きなワインを一本お選びください。」と言ってしまった手前、どうしたらいいのか分からずに、そのソムリエは上司の冨田部長に電話を入れました。
その時、冨田部長はたまたまリッツの社員会で、非番のスタッフ達とボーリングを楽しんでいました。
と、その時、冨田部長の携帯に着信音が鳴り響きました。ソムリエからの電話です。
笑顔で携帯を取り、その数分後、ボーリング場に冨田部長の声が鳴り響きます。
「いいから、だせ!」
一瞬で社員会は凍りつきました。それぐらいの強い口調で、冨田部長は答えたのです。
ボーリング終了後の集合写真をみると、プロのサービスパーソン達の笑顔ですら、少し引きずった笑顔だったのは、忘れる事はできません。
その後、もちろんラ・ベのスタッフも冨田部長もおとがめなし。
このエピソードは、リッツのエンパワーメントに対する覚悟を、私を含め多くの人間に見せつけ、そして、スタッフだけでなくお付き合いしている会社、業者との絆をいかに大切にしているか、恐ろしいほど理解できる経験だったと思います。
最高の広告費用
もし20万円を一人ひとりが毎日使ったとしたら、10人規模でも1日200万。
こんなのできるわけない!!と思われるかもしれませんね。
でも実際、この20万円が使われることというのはそこまで多いわけではありません。
後になって、私のリッツに在籍中の同期から聞いたのですが、リッツ大阪とリッツ東京の二つのホテルで使われたエンパワーメントの金額は年間で数十万ほど、だったそうです。
エンパワーメントは、あくまでも、リッツのサービスとしてどうしても必要であれば、20万円を上限として、お客様のために使ってもいいお金です。
適当に使うお金ではなく、それはスタッフもわかっています。だからこそ、ここぞ!というときにしか使われないんですね。
それでも、こういったエピソードを通じ、リッツのサービスが伝説的にホテル業界を飛び越えて、一般の人々にも知られる様になるのであれば、かなりのコストパフォーマンスだと私は思います。
クレドをはじめとする仕組みはセット
こんな素晴らしいエンパワーメントですが、当然のことながら、クレドをはじめとする仕組みの導入・浸透が前提条件です。
会社の向かう方向、社員への浸透、それがなければ導入しても効果は薄いでしょう。
逆に言うと、こんな、一見「無茶な」仕組みでも、クレドが浸透しているリッツでは実現できてしまう。
もっというと、それも会社の大切な仕組みとできてしまう。
だからこそ、クレドというのは素晴らしいんですね。
ぜひ、あなたのクレド導入の指針となれば幸いです。